日本社会の疑問を考えるブログ

日本社会で生きづらさを感じるすべての人へ…

柔軟に捉えろ?それが奴隷の原因になっているのお気づきですか?

 きちんと規定せずにある程度余裕を持つことは想定外の事態に対処できる。しかし日本人は柔軟に考えすぎて都合の良いように利用されてしまう。

具体例から考える

 日本人は、とかく過剰に柔軟に考える。これはそう考えている人が書いた文章の一節である。

 何でも権利、義務で考えようとするのは、欧米の思考です。
そう堅苦しく考える必要はありません。
それでもあえて言えば、義務と言えなくも無い、という
ことでしょうか。
敬わなければならない義務などないはずでは?-BIGLOBEなんでも相談室 より

 これは、天皇を敬うのは義務かどうかという質問に対する回答であるが、このような思考は天皇に関することだけでなく、他分野のことにも言える。例えば労働問題の場合、契約書を遵守していないということに対しては「ちょっと頭を柔らかくしてみよう。会社は神様じゃないんだから契約書の1,2箇所くらい守れないことなんて普通にある」*1なんてことが言えてしまう。

柔軟に考えすぎると...

 柔軟な思考は新たな考えを産むので悪いとは言えない。しかし柔軟になりすぎると以上のようにクソ経営者に都合のよいように使われる口実になったり、逆に何も考えられなくなったりするのではないか。契約書にない残業や雑用を無給でやる社畜どもや、誰かに合わせた行動しかできない人は、ここから生まれたのではないか。

*1:これに関連した労働問題は改めて述べる。