日本社会の疑問を考えるブログ

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コロナ騒動の良かったところ

 昨年12月ごろ発生し、世界に蔓延した新型コロナウィルスにより、我々は生活スタイルの変化を余儀なくされたが、なんだかんだで楽になったと感じる。

 

 そこで、コロナ騒動による生活の変化でよかったと感じたところ、学生及び労働者の2つの視点からを記したい。

 

 

両方の視点

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 大きな利点としては、長時間の移動をしなくてよくなった点である。

 

 多くの学校や会社は朝9時(場合によってはそれ以前にもなる)に一斉に始まる。そのためだけに朝6-7時に起き、8時前の混雑した電車に乗り、ヘトヘトになって移動する。毎日の移動で相当疲れているのか、毎日のように急病人と痴漢が発生する。

 

 しかし、コロナウィルスの影響で多くの人が登校や出勤停止を余儀なくされ、オンラインでの在宅受講や勤務をすることになったことで、移動により体力を減らしストレスをためることがなくなった。同様に、授業・勤務開始直前まで寝ることができるので睡眠時間を十分とれるようになった。さらに、実際の現場にいることによるコミュニケーション疲れも大幅に減らすことができた。

 

 

 「運動ができなくなって不健康になる」という声があるが、これはそうでもない。時間が空いたことでジムへ行って筋トレやトレッドミルなど、なければ近くでランニングやサイクリングをすることで汗を流すことができた。

 

労働者の視点

 主に在宅勤務の優位性と過剰サービスの不必要性が強調された形になった。

 

 在宅勤務の優位性については以下で記したとおりである。

 

fuckjapaneseculture.hatenablog.com

 

 先ほどの節と同じことであるが、具体的に言えば仕事中に周りがうるさく雑談やらを始め、場合によってはこちらを巻き込んで邪魔をする。で、定時が過ぎたら普通に他人に仕事を押し付け、断ると不親切だの怠けものだのよくわからないことを言う。

 

 しかし、在宅勤務ではそのようなことは全くない。会議時間以外はしゃべらないパソコンしかないので集中でき、効率的な作業ができる。早く仕事が終わればパソコンの電源を切ってプライベートな時間になる。一方で好きな時間に休んで好きな時間に作業できるし、会議であっても自分とは関係ないことを話しているのであれば無視して作業することもできる。

 

 さらに、何かとめんどくさく心身の疲労の原因となる飲み会などといった行事もなくなり、十分な休息が取れるようになる。

 

 

 在宅勤務以外にもよくなったものがある。それは接客業における過剰サービスを休止したことである。例えばスーパーマーケットのレジでは手で直接お金を渡さずトレーを使う、値段読み上げといった声を出す接客を減らすなどである。

 

 一般的に日本の接客業は低い賃金で高いサービスを要求される。しかし、このような事態でいったん休止せざるを得ない状況になったことで、そこまでのサービスが本当に必要なのか考えるいい機会になるだろう。

 

 ちなみに客にとっては特に迷惑ではない。サービスが減ったとしても特に迷惑や損害を被るわけではない。せいぜいクレーマーが嫌がるくらいだ。別にそういうのは何かといちゃもんをつけてくれるので、さっさと消えてくれた方がありがたい。

 

学生の視点

 学生にとっても素晴らしいことであった。同様にオンラインシステムを使った講義を取る形式になった。

 

 毎年ライブ授業を取る大学が一般的だが、講義は通信状態で画面共有(スライドの提示やOneNoteによる板書など)しながらしゃべればいいだけだし、演習も問題を配ってそれを解かせて提出させればいいだけである。*1私はコロナ騒動前に記事を書いたが、それが現実化しているようであった。

 

fuckjapaneseculture.hatenablog.com

 

 しかしながら、これでもライブ授業ではあった。何度も見返せる点やいつでも受講できる利便性・教員にとっては講義をする必要がほとんどなくなる効率性を考えると、録画授業をして配信した方がずっと良いとは思う。

 

 また、講義室はうるさいのが常であるが、自室で講義を受けられるようになったのでそれによる悪影響もほとんどない。さらに、チャット機能を利用して気軽に質問することもできるようになった。

 

 

 成果がものをいう演習では、在宅勤務と同じく課題を終わらせられれば、あとは自分のペースで進められる。終わったらさっさと提出できるし、前もって課題が配られる場合(講義の宿題となっているが次の演習の時間で行うことを想定しているものなど)では、講義後当日中にさっさと終わらせて提出すればその演習には出なくてよい。

 

 

 さて、実験装置を扱う類の研究は一切できないが、私の場合手先の不器用さと昨年教授と大喧嘩したことが原因で研究が頓挫していたため特に何のダメージもなかった。しかしながら、学内カウンセラーを間に挟んで協議をした結果、できる限り登校しなくてよい(理論計算がメインとなる)研究テーマに変えてもらった。そのために文献を読み知識確認のため要約文を提出するのだが、当然在宅で何の問題もない。

 

 また、日本的コミュニケーション力と教授との仲が大いに影響するface-to-faceでのディスカッションもすべてSlackでのチャットに置き換わったので、非常にコミュニケーションが楽になった。

 

コロナが収束してもこの生活の方が楽かも

 以上、コロナウィルスの影響で変わった生活の良かった点を述べた。これらは一時的なもの、ととらえられがちで、何らかの緊急事態が発生しない限りこのようなことは認められない場合が多い。

 

 しかしながら、この生活は非常に楽なものであり心身のコンディションを整えるためにも、このような生活様式が続けるべきだと思うし、また次に来る緊急事態*2の予行演習という意味でも通常時から頻繁かつ定期的(もちろん永続的に行うのでもよい)に行うべきであると思う。

*1:さすがに実験・実習はできない。これらはコロナウィルス終息後に集中講義として開講するとのことである。

*2:何もできなくなるような緊急事態であっても強行しろと言っているわけではないことに留意されたい。

カルト化しやすいコミュニティの見分け方

 世の中には学校や会社、ママ友グループといった様々なコミュニティがあり、おそらく人生のどこかでこういったものに入る機会がある、いや何らかの制約などにより否応なく入る必要があるだろう。

 

 ここでは、カルト化しやすいコミュニティの特徴を述べ、そういったコミュニティを避けるための選定指針を考えたい。

 

 

人生とコミュニティ

 ここでいう「コミュニティ」とは、複数人の人が所属するグループで、長期間の所属およびその中で構成員同士の意思伝達が行われているものを指す。つまり、加入手続きが必要なものはもちろん、何らかの枠組みになっているものはすべて「コミュニティ」であるが、人が集まっているだけで何も起こっていないものはコミュニティではない。

 

 

 生まれたらすぐ「家族」というコミュニティに入り、しばらくすると幼稚園・小学校…、卒業したら会社に自治会・PTA、定年退職した後も家族などのコミュニティに居続ける。いや、国という枠組みがある以上国籍を捨てない限り一生そこに入っている。このように、人生の中でコミュニティに属さないことはほぼないといっても過言ではない。

 

 しかしながら、コミュニティやその構成員はときにカルト教団(これもコミュニティの1つである)とうり二つの振る舞いをすることがある。そこで、ここではカルト化しやすいコミュニティの特徴とそうなったときの振る舞い、またそういったコミュニティを避けるための方法について考えたい。

 

カルト教団とコミュニティ

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 どことは言わないが日本だけでなく世界各国に「カルト」とされるコミュニティが存在する。彼らは上層部への忠誠あるいは信念により様々な犯罪行為を働き、時に人を殺める。

 

 多くのコミュニティは現状そこまでは至っていない。しかしながら、その兆候のあるコミュニティは数知れず存在する。そこで、どのような兆候がコミュニティのカルト化につながるか述べていく。

 

構成員にコミュニティへの忠誠と過度な貢献を求める

 コミュニティなどこちらに利益がある(例えば会社なら金儲けができる、大学なら専門知識が得られるなど)から入っただけであるか、こちらが何も希望していないのに勝手に入れさせられている場合がある。従ってコミュニティには何の感情も持つ必要はない。

 

 にもかかわらずそういったコミュニティは構成員に対し忠誠を求める。具体的には「指導者の言うことおよびコミュニティの意向は絶対である」「上層部が指示したことはいかなることでも従え」を指導者もしくは上層部、構成員が提唱し、それを強固にしている。なお、指導者でなくても構成員がこの雰囲気を形成することもあることに留意されたい。例として、経営もしていない労働者が「飲み会に来ない奴は社会人失格」とか言ったり「経営者視点を持て」などということでそれが強制されることが挙げられる。

 

 また、過度な貢献を求めるのも特徴である。金銭や労働力などを要求するが、そのリターンはほとんどない。むしろ「やりがい」とか「ご利益」といった確実性のないものでお茶を濁す特に今日のような緊急事態時はそれを口実により大きい負荷を強いようとする。

 

 さらに、やめようとする人、やめた人に対して過度に冷淡だったり過度に攻撃的になる節がある。

 

コミュニティへの批判を許さない構成員

 前項でカルト的雰囲気を形成する構成員について述べたが、このようなコミュニティにおいては構成員は洗脳されている。

 

 洗脳というのは合理的思考を経ずにそのコミュニティを妄信することである。従って前項のようにどんな理不尽にも忠誠的になるし、その理由など存在しない(あったとしても合理的推論により簡単に崩れる)。

 

 そして、その組織への疑問や批判を聞いた際、過度に感情的になり相手を攻撃しだす。これはそのコミュニティに自身が存在し、指導者やそのコミュニティに対し忠誠する合理的理由および疑問や批判への合理的回答を持っていないためである。

 

 これも具体例を考えないと難しい。そこで特にこの傾向が表れやすい例として、ネット右翼の反応を考えよう。日本のあらゆることに対し疑問を抱き批判したとしよう。例えば

 

 ・安倍晋三の「説明責任」って何?どう責任を取っているの?言うだけなら誰でもできるけど?

 

・そもそも先に韓国を侵略したのは日本であって韓国が怒るのは当然だけど、なんで日本が逆切れしてるの?

 

・日本は労働環境が劣悪だけど、なんで改善できないの?

 

天皇を被災地によこすくらいなら食糧の方がよくね?

 

 こう発言すると、何のことはない。ネット右翼が集まって呪詛の言葉を吐き散らしてくる。よくある光景だし、私もTwitterで遭遇したことがある。よくあるものとして

 

・突然国籍や年収といった属性を断定しようとする→「韓国人だからそう思うのか」

・聞いてもいない外国のことや質問者側のことに触れる、質問を質問で返す→「お前よりかはましだからw」「韓国よりかはましでしょ」

・思考を放棄する→「負け組は文句ばっかり。政治家になればいいのにね」「だったら日本から出ていけ」

 

 まとめると、「攻撃的になる」「論点をすり替えるなどして合理的な答えを出そうとしない」「思考を放棄する」といった感じである。

 

意味不明なことしか言わない指導者

 指導者も狂っている。もちろんおかしな構成員が狂わせていく場合もあるが、この場合は元からである。よくわからないビジョンを掲げるが、結局は構成員を搾取するためでしかなかったりする。具体的には、「美しい国」ときれいごとを言っておきながら実際は国民を縛り付けて戦争に連れていく魂胆が丸見えの総理大臣とか。

 

この特徴とカルトの関係

 今現在はそうでなくても、指導者や構成員がおかしなことをするせいで、コミュニティ全体がおかしくなる。さらに、過度な忠誠や貢献を求めることで構成員全体が疲弊し、自身が受けた理不尽を正当化しようとイエスマンになる。結果コミュニティに対する疑問や批判を認めず、全体がカルト化していく。

 

 その成れの果てがオウム真理教イスラム国などである。殺人を犯した結果があるだけでここで述べた組織と何ら変わらない。逆に言えばカルト化した組織はいつ犯罪に走ってもおかしくないわけだ(特に国家ぐるみのもの)。

 

こういったコミュニティは日本に多い

 日本人の性質上理不尽には反発せず(これは武士道精神などと美化されている)、イエスマンになりやすい。また同調圧力が発生するため問題提起による改善も難しい。このような理由から、カルト化しやすいコミュニティは日本に多いといえる。

 

カルト化したコミュニティを避けるための2つの視点

早くそこから抜け出す(治療的視点)

 応急処置としては、まずはコミュニティからさっさと抜け出すことを考えることである。会社なら転職といった具合である。なお、抜けても問題ないだけの資本(金銭など)を十分得ておくことを忘れずに。

 

 学校のように抜けようとしても制度上できない場合やそうすると今後のキャリアなどで問題になることがある。この場合は最低限の義務だけを果たし、それ以外は一切かかわらない、という方針で行くよい。

 

 

 もちろんこのようにドライな関係を保った場合、構成員や指導者から何らかの迫害を受ける可能性が高まる。しかし従ったところで奴隷からのスタートだし、いつ立場が最下層に落ちるかもわからないし、うまくやっていけてもイエスマンにならないといけない、ということを考えると従うのは損が大きい。

 

 すなわち、コミュニティは利用するためのものでそれ以外はどうでもいい、くらいの感覚でいるのがよい。

 

そこへ近づかない・入らない(予防的視点)

 最後に、このようなカルト化しやすいコミュニティを避けるための方法を述べる。指針としては、以下のようなコミュニティを選べばよい。

 

 

貢献に対する報酬が正当である。報酬を心理的なものでごまかさない。

 

構成員が過度に忠誠、貢献しようとするとき、上層部などがそれを止めてくれる。例えば、「あなたは十分働いているからさっさと帰りなさい」などと言ってくれる。特に、緊急事態時どのような挙動をするか観察すること。「緊急時だからこそ一世一代の仕事をしましょう」などと言ったら危険。

 

辞めたいといったとき、快諾、応援してくれる。決して「辞めたら不幸になる」などと言って恫喝せず、やめようとする人やそうした人に差別的な扱いをしない。「そうなんだ。オッケー、頑張ってね!!」などといってくれること。

 

疑問や批判に対して攻撃的にならない。合理的な理由で答えてくれる。もし改善すべき点なら、その立場によらず意見を取り入れてくれる。

 

・様々な性別、年齢、人種、国籍、障害、性的指向の人々が集まっており、彼らに対し十分な配慮がなされ、多様性が担保されていること。